お勧めコミック: フラジャイルのレビュー
- 概要
- 主人公: 岸 京一郎 (きし けいいちろう)
- ヒロイン: 宮崎 智尋 (みやざき ちひろ)
- サブ: 火箱 直美 (ひばこ なおみ)
- 私が Fragile から学んだこと
- 22 巻が最終巻っぽいこと、「フラジャイル」というタイトルの意味
概要
正式タイトルは「フラジャイル - 病理医 岸京一郎の所見」。
患者と直接応対する「臨床医」の他に、患者の血液や組織切片の分析を行う「病理医」という医師がいる。日本医師会のサイト (1) には「病理の仕事は3つあります。組織診断、細胞診、病理解剖」と書かれている。
病理医は、患者の組織データなどをもとに
基本的には病理医・岸京一郎の物語ではあるが、アミノ製薬の火箱、真瀬や弁護士の千石など、立ったキャラクターも出てくる。個人的には、森井が「技師としては優秀だが、医者になったらダメ」と言われたことのフォローが長い間ないのが気に掛かっている。
原作・草水 敏、漫画・恵 三朗。2024 年 3 月時点で、27 巻まで読了。
主人公
岸 京一郎 (きし けいいちろう)
腕利きの病理医だが、人相、口、性格が悪く、他人との衝突が絶えない。18 巻の院長の言葉が正鵠をついているように思う。曰く、論理的な思考能力が低い人間をバカにする傾向がある。しかもそれを隠そうとせず、人前で鼻で笑ったり、舌打ちしたり、ため息ついたりする。
ただし非常に患者思いであり、保存されている組織ブロックを無断で持ち出して再解析する、矛盾のあるガイドラインには従わない (ガイドラインは法律ではない、13 巻の腎移植エピソード) など、ルールよりも患者を重視した医療を行う。
13 巻では、宮崎の行動を病院に密告して 3 日間の謹慎期間を与え、勉強する時間を作ってやるなど、意外といい上司の側面もある。
名言
- 丁半を選んだ鑑別なんてただの賭けだ 診断じゃない 自分の鑑別にとことん責任を持てる自信がないなら それは「わからない」ということだ
- その程度なんですよ 窪田プラン。コストカット 病院経営の救済... 程度。それで開業しろだの 仕事を振るだの 能力を発揮させるだの 僕に言ってるんですか わきまえてくださいよ
- 患者のためになるならいくらでも怒ればいいけど 自分のために怒るんなら それはしまっとけよ
- こういうのは毎日顕微鏡に向かう それ以外ないんだよ 日々の繰り返しからしか 何も見えてこないんだから
- 大切なのは治療を止めないこと そして一番可能性が高く 危険な疾患から疑っていく これが医療の基本です
ヒロイン
宮崎 智尋 (みやざき ちひろ)
岸と出会い、病理部に転科してきたもと臨床医 (神経内科)。病理医としての経験はまだ浅い。ブラックジャックによろしく (Amazon link) 主人公のごとく、自分の理想を追って少し暴走する傾向もある。神経内科では、「ほどほどの力で回せないから、いつもボロボロ」と評されていた。
喫煙者なのはマイナス要因だ。
名言
- (肝臓組織をこっそり持ち出す際に) ですよね! 倫理的には でも物理的には
サブ
火箱 直美 (ひばこ なおみ)
個人的には、優秀な臨床検査技師の森井が好みなのだが、とくに後半、出番が少なくなってしまっているので火箱さんを紹介。
登場したときは、アミノ製薬の MR。ドラッグデリバリーの JS1 という新しい薬品を推して、治験のグレーな部分にも手を染めているが、副作用の隠蔽まではついていけず、岸に味方して暴露。アミノ製薬を退職し、ビフィズスという小さな会社で働き始める。
明るい外見とは裏腹に、若い頃に兄が亡くなったトラウマをずっと引きずっており、いろいろとコンプレックスもある模様。医者を「落とす」のに色仕掛けも使うダークな面も。
17 巻では「ずうずうしくて距離感が狂っている チビで威圧感は無く 滑舌はやや悪くて 声と肌質が良い」ことから、MR に向いていると言われた。
キャプチャの場面は秀逸。常に、研究者の矜持をこれぐらい断言できる状態でありたいものだ。
「俺たちは金儲けに人生を捧げたつもりはない 心躍るんだよ ヒトの身体に起こる難問を解決してみせる 世界中の誰よりも先に それをスーツの連中が金に変えてるだけだ」
「だが金のそばにいる経営者はそれを自分で稼いだと誤解する 傲慢という病だ」
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私がフラジャイルから学んだこと
けっこうたくさんあるのだが、それぞれのエピソードが重いので、まだまとめきれていない。再読時にリストを更新。 「私が ** から学んだこと」のある漫画一覧 も参考にどうぞ。
製薬会社 |
JS1 についての最初のエピソードから。まず、製薬会社は「悪い」。治験でいい結果を得るために色々な手段をとる。独立機関の研究に比べ、製薬会社が金を出した研究は、4 倍もその会社に有利な結果が出やすいという調査がある。 この調査が実在するかどうかわからないし、必ずしも治験で不正をしていることにもならないが、出版バイアスだけでもこういう結果になることは大いにありえるだろう。 p 値の p は、ピアソンからとられているというトリビアも。 |
薬剤耐性菌 |
抗生物質を使いすぎると、耐性菌ができてしまうことがあある。これは世界的な問題になっているので、もちろん抗生物質の濫用は良くないのだが、飲み始めたらきっちり飲む方が良いようだ。耐性菌が生じるのは、体内の薬剤濃度が低下したときと書かれている。 |
放射線診断医 |
CT や MRI などの画像から病名をつける。病理と似ているが、病理が確定診断なのに対し、こちらは最初に病名のあたりをつけるのに使われるので、鑑別は複数である。 |
ホルマリン固定 |
浸透速度は一昼夜で 5 mm。過固定してしまうと酵素活性が失活したりして染まりが悪くなることがある。 |
卵とサルモネラ |
卵は水洗いしてはいけない。気孔から雑菌が入り、濡れた状態で繁殖する。洗うなら次亜塩素酸入りの温水で、すぐ乾かす。 |
新薬の治験 |
患者は実験群と対照群にランダムに振り分けられ、blind 試験なので患者がどちらのグループに属しているかは、本人にも医師にも知らされない。したがって、新薬に期待して治験に参加する患者の 50% は、実際には新薬を使えないことになる。 23 - 24 巻あたりで、JS1 の治験に関連してこの葛藤が描かれた章がある。 したがって、治験は慎重に慎重を期すのが最適ではない。新薬の効果や安全性が十分に認められる場合には速やかに終了し、患者の 50% を救うことが求められる。 拡大アクセスプログラム (EAP, expanded access program) という制度があり、これによって製薬企業が開発中の医薬品を独自の判断で臨床試験以外の患者に提供することができる。フラジャイルでは、おそらく対照群に割り振られてしまった患者に対して、アミノ制約が EAP を行っている。 |
22 巻が最終巻っぽいこと、「フラジャイル」というタイトルの意味
フラジャイル 22 巻は分厚く、この巻の最終話にあたる 91 話のタイトルが「フラジャイル」。さらにその前の 90 話は「岸 京一郎」。表紙も岸と笑顔の宮崎。どう考えても最終巻の勢いであるが、普通に次巻予告が載っていておもしろい。
たぶん、著者はここで一旦書きたいことを書き切って、心機一転して続ける選択をしたのかなあと思う。
内容も盛りだくさん。まず、宮崎が病理医専門試験に合格。岸はずっと引きずっていた比日野の問題に一応の決着をつけ、慶楼大学へのオファーを断る。現在の医学は未熟で不完全であり、それを少しでも確かなものに変えて行くのが興味と断言。丸まっていた背筋をピンと伸ばし、森井・宮崎と歩いて行く。
91 話で突然現れる気の弱い新キャラ・藍田もいい味を出している。藍田のような新人を encourage して未来に希望を持たせる手法は ヒカルの碁 のラストにもあった。
ここでタイトル「フラジャイル」の意味が明かされる。曰く、
- 人間が努力して誠実に頑張っても、その結果が全てプラスに働くわけではない。宮崎の空回りとか。
- 医療にはたくさんの医師、患者、その他の人々が絡んでくる。仮に全員が誠実でも、うまく行かないこともある。医療というのは、とても
不確実で脆弱 fragile である。
この岸と森井の会話は、その後の内科科長と藍田の会話に引き継がれる。
- 医療は、短い紐 (それぞれの科の医者たち) が結び合ってできた 1 本の長い紐。
- みんな人間なので、それが何かの拍子にほどけてしまうことがある。
- 岸先生は、いつもその紐を結ぼうとしてくれている。やり方は強引であるが、パワーのある岸にしかできない仕事をずっと続けている。
このあと、同じくパワーをもつ男である間瀬の場面が軽く入り、主要人物のショットを見せたあとに岸・森井・宮崎のアップで締め。強くて明確なメッセージがある、素晴らしい最終回 (もどき) だった。
関連サイト
- 日本医師会 http://www.hachinohe.aomori.med.or.jp/simin/befm/befm17.html
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