ダンテ「神曲」にみる地獄の概念・構造について

UBH/concept/religion/hell_dante

このページの最終更新日: 2024/07/13

  1. 概要: ダンテの「神曲」
  2. 地獄の前の領域
  3. 第一圏 辺獄
  4. 第二圏 愛欲者の地獄
  5. 第三圏 貪食者の地獄
  6. 第四圏 貪欲者の地獄
  7. 第五圏 憤怒者の地獄
  8. 第六圏 異端者の地獄
  9. 第七圏 暴力者の地獄
  10. 第八圏 悪意者の地獄
  11. 第九圏 裏切者の地獄

  12. 煉獄について

概要: ダンテの「神曲」

「地獄」は現在では一般的な概念となっているが、もともとはキリスト教の概念である。私たちが、「地獄とはどんなところか」をイメージするときに、下敷きになっていると思われるのがこのダンテの「神曲」。実際に読んだことがある人は少ないだろうが、多くの小説や漫画で展開される「地獄」のイメージは、この叙事詩に基づいている。

「神曲」は 1304 - 1308 年ごろに執筆されたもので、新約聖書の外典である「ペテロ黙示録」の世界観を踏襲している。したがってこのページで解説する「地獄」は、基本的にはキリスト教ににおける地獄の概念を具体的にしたものと言って良いだろう。もちろん、宗派によって細部に違いはある。

ダンテの描く「地獄」は、図 (ボティチェリによるダンテの地獄、Public domain) のように階層構造になっている。よく見ると、上の方にアケローン川やミーノスがいる裁判所のようなものが見える。

ボティチェリによるダンテの地獄。

地獄が出てくる作品

このサイトでレビューしており、「神曲」の地獄がわりと細かく記述されているもの。

聖闘士星矢

ハーデス編の地獄めぐりは、実はかなり正確にダンテが記述した地獄を辿っている。

辺獄のシュベスタ

七つの大罪

地獄の前の領域

地獄の門

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と記された門。

地獄前域

無為に生きて善も悪もなさずに死んだ者は、地獄にも天国にも入れず、ここで蜂や虻に刺される。

特に悪いことをしていなくてもこの扱い、というのはちょっとひどい気がする。

アケローン川

冥府の渡し守カロンが、亡者を舟に乗せて地獄へと連れていく。川を渡ったら戻って来れないという「三途の川」と同じ思想である。

第一圏 辺獄

リンボ Limbo とも呼ばれる。聖書には登場せず、公式な教義における存在ではない。カトリック教会は何度も公式に辺獄に言及しているが、プロテスタントでは正式な概念ではないようである (カトリックとプロテスタントの違いについては、以下のサイト内検索からどうぞ)。


辺獄は 洗礼を受けなかった者 が来る場所である。責めもないが希望もなく、死者はここで永遠に時を過ごさなければならない。

辺獄については、大きく二つの議論があるようである。一つは「父祖の辺獄」で、キリストが死語、復活するまでに辺獄に留まったかどうかというもの。

もう一つは「幼児の辺獄」で、定義上、洗礼を受けずに死んだ幼児はここに来ることになるが、それはあまりにも可哀想なので、なんとか教義から彼らを救済できる方法を探す議論。

ドメニコ・ベッカフーミによる「辺獄のイエス」

ドメニコ・ベッカフーミによる「辺獄のイエス」

ミーノスの審判所

地獄の入口には冥府の裁判官ミーノス (ミノス) がおり、死者がどの地獄に行くべきかを決めている。このミーノスはギリシア神話の登場人物で、クレタ島の王であり、牛頭人身のミノタウロスの父である。

第二圏 愛欲者の地獄

肉欲に溺れた者の地獄。暴風に吹き流される。

第三圏 貪食者の地獄

大食の罪を犯した者の地獄。地獄の番犬・ケルベロスに引き裂かれる。

第四圏 貪欲者の地獄

吝嗇と浪費の罪を犯した者の地獄。重い金貨の袋を転がしつつ互いに罵り合う。他の地獄と比べると、そんなに悪くない気もする。

第五圏 憤怒者の地獄

怒りに我を忘れる罪を犯した者の地獄。血の色をしたスティージュの沼で互いに責め合う。

第六圏 異端者の地獄

ここも宗教系の罪である。異端の信徒が火で焼かれる。

第七圏 暴力者の地獄

他者や自己に対して暴力をふるった者の地獄。暴力の種類に応じて、さらに細分化されている。

第一の環
隣人に対する暴力

隣人の身体や財産を損なった者の地獄。煮えたぎる血の河フレジェトンタに漬けられる。

第二の環
自己に対する暴力

キリスト教では、自殺は罪である。自殺した者が樹木に変えられ、ハーピーにつつかれる。

第三の環
神と自然と技術に対する暴力

神、自然、技術に十分な敬意を示さなかった者の地獄。同性愛者もここに落とされる。

第八圏 悪意者の地獄

悪意が明確な場合は、ここに落とされるようである。この地獄は「嚢」に細分化されている。

第一の嚢
女衒

売春の強要、斡旋。悪鬼に鞭打たれる。

第二の嚢
阿諛者

阿諛 (あゆ) とは、相手に阿る、つまり顔色を窺いつつ機嫌をとるように振る舞うこと。これも度を越すと地獄に落とされるらしい。糞尿の海に漬けられる。

第三の嚢
沽聖者

星なるものを金で売買するなどした者の地獄。岩孔で焔に包まれる。

第四の嚢
魔術師

呪術を行った者の地獄。首を反対向きにねじ曲げられ、背中に涙を流す。

第五の嚢
汚職者

汚職で利益を得た者の地獄。煮えたぎる瀝青に漬けられ、12 人の悪鬼から鉤手で責められる。

第六の嚢
偽善者

偽善者の地獄。外面だけ美しい重い金張りの鉛の外套を着て、ひたすら歩かされる。

第七の嚢
盗賊

盗みを働いた者の地獄。蛇に噛まれて燃え上がり灰となるが、再びもとの姿にかえってそれを繰り返す。

第八の嚢
謀略者

謀略を以て他者を欺いた者の地獄。火で焼かれる。

第九の嚢
離間者

不和・分裂の種を蒔いた者の地獄。体を裂き切られる。

第十の嚢
詐欺師

錬金術など、偽造や虚偽を行った者の地獄。病気で苦しむ。

第九圏 裏切者の地獄

ここが最下層である。「コキュートス」(Cocytus 嘆きの川)と呼ばれる氷地獄。

コキュートスの手前に、かつて神に歯向かった巨人が鎖で大穴に封じられている場所がある。

コキュートスは 4 つの円に区切られている。死者は首まで氷に浸けられている。

第一の円
カイーナ Caina

肉親に対する裏切者。弟アベルを殺したカインに由来する。

第二の円
アンテノーラ Antenora

祖国に対する裏切者 。トロイア戦争でトロイアを裏切ったとされるアンテーノールに由来。

第三の円
トロメーア Ptolomea

客人に対する裏切者。旧約聖書外典『マカバイ記』上16:11-17 で、客人を祝宴に招いて殺害したプトレマイオスの名に由来すると考えられる。

第四の円
ジュデッカ Judecca

主人に対する裏切者。ユダの名に由来する。

ジュデッカの中心では、神を裏切った魔王ルシファー (もと天使) が氷の中に幽閉されている。魔王には顔が 3 つあり、イエス・キリストを裏切ったユダ、カエサルを裏切ったブルートゥスとカッシウスをそれぞれの口で噛み締めている。

煉獄について

「神曲」では、ダンテは地獄の次に煉獄へ進み、さらに天国へ入る。いずれ独自のページも作るかもしれないが、とりあえず煉獄についても簡単に書いておく。

「煉獄」は、地獄を抜けた先にある台形の山である。漢字の字面的には、地獄よりもヤバそうな印象があるが、ここは、悔い改めた者、悔悛の余地のある者が罪を贖う場所であり、地獄よりも希望がある。

実際に、煉獄の死者は生前の罪を清めつつ上へ登っていき、最終的には天国に到達することになっている。

煉獄は以下のように分かれており、ここで清めるのは 七つの大罪 である。

まずは煉獄の前域、つまり山の麓にあたる部分。2 つの台地と門がある。共和政ローマ期の政治家、哲学者であるウティカのカト (または小カト。曽祖父の大カトと区別するためにこのように呼ばれる) がなぜか死者を見張っている。

第一の台地
破門者

教会から破門された者。

第二の台地
遅悔者

信仰を怠って、臨終の直前にようやく悔い改めた者。

ペテロの門

色の異なる三段の階段を上り、金と銀の鍵で扉を開く。

第一冠
高慢者

高慢の罪を犯した者が、重い石を背負っている。

第二冠
嫉妬者

嫉妬の罪を犯した者が、瞼を縫い合わされる。

第三冠
憤怒者

憤怒の罪を犯した者が、煙の中で祈り続ける。

第四冠
怠惰者

怠惰の罪を犯した者が、ひたすら走り回る。

第五冠
怠惰者

貪欲の罪を犯した者が、地にひれ伏して嘆き悲しむ。

第六冠
暴食者

暴食の罪を犯した者が、口に入らない果実を見て空腹に耐える。

第七冠
愛欲者

愛欲の罪を犯した者が、互いに抱擁を交わして罪を悔い改める。個人的には、あまり罰になっていないように思う。

以上の煉獄を抜けたあとに到達する煉獄山の山頂は、天国に最も近い地上の楽園である。

References

コメント欄

サーバー移転のため、コメント欄は一時閉鎖中です。サイドバーから「管理人への質問」へどうぞ。